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寒くなると、関節の痛みがひどくなるのでしょうか?
医師になって10年ほど経ち、ある程度経験を積んだ頃から、3月中旬の生暖かい風が吹く頃と10月頃の肌寒いと感じはじめる季節に、神経痛や関節痛の患者さんが増えるように漠然と感じていました。
以前、インターネットのニュースで、日本気象協会北海道支社が、明日はフェーン現象で気温がかなり上昇するため、夫婦喧嘩や交通事故が増える可能性があるので注意してください、というようなコメントを出しているのを聞いて、驚いたことがあります。もともと雨が降る前の日や気温の低い日に、関節痛や神経痛が起こりやすいことは、誰もがいい伝えや経験などで知っていることだとは思っていました。ただそういったいい伝えの類を、公式に気象病として、気象協会が注意を促しているのを見て、なるほどと思いました。
天気が崩れる時や寒くなった時などに、体の調子が何となく悪くなる原因として、たとえば自律神経などにそれらの変化が悪影響をもたらすのだ、といったような説明がよくされています。この影響は、じつは気温が低下する時だけではなく、先ほどのフェーン現象のように、急に気温が上昇する時にも起こりえます。この気象病は別名「お天気病」と呼ばれることもあります。関節リウマチや神経痛、気管支喘息、心筋梗塞や自殺を含む精神障害にも関わるそうです。
人間の健康状態と気象の関係を研究する学問を「生気象学」と呼ぶそうですが、古くはギリシア時代から研究されていて、20世紀前半にはドイツやオーストリアで研究が盛んになりました。オーストリアのインスブルックでは、フェーンが吹くと気分が不安定になり、集中力が落ちたり、自殺者が増えたりするなどの実証的な研究があるとのことです。
昔から「季節の変わり目」とは、よくいったものです。筑波大学名誉教授の吉野正敏先生の著書『医学気象予報』(福岡義隆氏との共著・角川書店)によれば、吉野先生は人工気象室を作り、その部屋の中の気温、気圧、湿度を人工的に変化させることにより、いろいろな研究をされています。関節リウマチの患者さんの場合、その3つの要素のなかで、特に気圧を下げ、湿度を上げると症状が悪化するとのことです。これは、低気圧が近づいて晴から雨になる時の気象条件と同じです。たしかに寒くなると関節リウマチの患者さんの関節痛も悪化することがありますが、むしろ梅雨の時期の気圧が低下し湿った空気の方がよくないようです。逆に湿度35%の乾燥条件下では、関節痛が減ったそうです。
関節痛や神経痛を持つ患者さんから「冬になれば寒くて膝関節や腰の痛みが強くなりそうで怖い」といわれることがありますが、私は「季節の変わり目、気温や気圧や湿度が変化する時にこそ痛みが生じやすいですよ、冬に必ずしも痛みが強いわけではありません」と説明します。たしかに寒いと関節痛も神経痛も強くなりますが、冬になれば、温かく着込んで部屋も暖かくして、ぬくぬくすればよいのです。
私の住まいは神戸にありますが、たとえば北欧や北海道に、神戸よりも膝関節痛や神経痛の患者さんが多いとは聞いたことがありません。逆に沖縄の人に関節痛や神経痛が少ないとも聞いていません。関節リウマチでも世界中で地域差はないといわれています。吉野先生も、冬よりも気候が変化する時にいろいろな病気が起こりやすいと述べています。
むしろ注意すべきは夏のクーラーかもしれません。除湿という意味ではよいのですが、人工的に気温が低下し、しかも脚に当たる低い部分が寒くなりがちです。夏のオフィスのクーラー対策に女性用のカラフルな腹巻きが売られています。手足を保温するのはもちろんよいことですが、手足に送り込まれる血液をお腹で温めておくのも効果的です。空気をたくさん含んで保温効果のある腹巻きは、先人の知恵だと思います。
気象病に対して、特定の季節に起こりやすかったり、悪化しやすかったりする病気を季節病と呼びます。夏に多い熱中症や冬に多いしもやけ、凍傷、肺炎や脳卒中、気管支炎などがそうです。日本脳炎や、日本では見られないマラリアなどは、夏に蚊が増えて媒介することで起こるため、季節病ともいえます。 気象病も季節病も、体が周囲の環境に順応する能力が落ちている時などに起こりやすくなります。ストレスも大きな原因です。天気が変わる時や季節の変わり目には、なるべくストレスを少なくするように努め、服装も気候に応じてこまめにとりかえましょう。
最近では、テレビなどの天気予報で、気象、気候の変化、花粉の飛散状況、黄砂の発生など事細かく予報を教えてくれます。自分の健康のためにこれらの情報を上手に利用しましょう。