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エッセイNo.008
Ortho-Trend FRONTLINE
創刊号 2004年7月
迷える世界へ 【定量】 が掲載されました。迷える世界へ
【定量】
井尻整形外科 井尻慎一郎私が神戸市立中央市民病院の整形外科に勤務していたとき、院内雑誌に「迷える世界へようこそ」と題したエッセイを書かせていただいていました。しかしその連載は進化論などの研究の矛盾に突き当たり、また開業する事もあり中断することになりました。
この度、本誌にコラムを書かせていただくにあたり、診療における疑問・アイデア、また医療行政などに対する気持ちを少し述べさせていただきたいと考えています。浅学でありまた拙文とは思いますが、ご意見、ご批判などがあればご教示ください。
病院勤務医をしていたときに眼科の病気にかかったことがあります。仕事のストレスが原因の軽症でしたが、勤務先の病院の眼科や、紹介してもらった大学病院の眼科などで様々な検査をしていただきました。そのとき眼科の検査機器の進歩には驚かされました。いろいろな検査結果が数値化されて示されることにです。
循環器内科などでも検査で、心臓の機能をいろいろな方法でダイナミックに数値化して定量します。整形外科領域でも血液検査などの検査がありますが、リウマチ以外あまり病気の指標としては用いないと思います。他科に比べて臨床現場で数値化できるデータが極めて少ないのではないでしょうか。
整形外科にはX線撮影やCT、MRIなどいろいろな検査機器がありますがそれらは他の科でも使います。しかしその結果を定量することは整形外科的にはあまりないことです。骨密度や尿中NTXの測定・定量は最近の進歩だと思いますが、これは内科や産婦人科でも使われています。超音波を使用するものを含めれば、フィットネスクラブやスーパーマーケットでも測定しています(近似値でしょうが)。整形外科診療所で整形外科らしい定量ができる検査は、ひょっとしたら角度計と握力計だけかもしれないと思っています。
ほかに、これは整形外科こそ専門領域である骨折についてですが、この治癒課程でどの程度治癒しているのか簡単に定量できる検査があればよいと思います。患者さんに「何パーセント治っていますか?」と訊ねられ、「およそこのくらい」と答えるとき、簡単な方法で骨折の治癒の定量化ができればと思うことがよくあります。絶対値で表現できなくても、前回より何パーセント治癒が進んでいるといえればと思います。
インターネットで少し検索すると、骨折部の片方で振動を加えて反対側で固有振動数を計測して、骨折の状態を比較できるという研究があることを知りました。これなど面白いので外来でも簡単に使えるようになればいいと考えています。それ以外に例えば簡便な骨密度計を使用して、健側との比較や骨折部位での経時的変化で相対的に治癒課程の速度を提示するなどのことができないか?X線撮影をするときに骨密度用のアルミスケールを置いて、骨折部の骨量を計測するのは可能ではないか?などと考えています。
また腰痛の評価として「寝返りテスト」を考えたことがあります。仰臥位から伏臥位へそしてまた仰臥位になる時間を計測すればある意味での腰痛の定量化が客観的にできるのではというものでしたが、診療の忙しさで実現していません。
昨今、整形外科の開業現場では接骨院などの代替医療や内科・外科医などのリハビリへの参入、デイケア・デイサービスなどの普及により、整形外科の立場が危うくなりつつあります。整形外科も手術領域ではこの数十年間で大きく進歩してきましたが、外来でできる検査や治療はそれほど変わっていないように思います。なにか整形外科のエポックメイキング的なことがないかといつも心待ちにしています。もちろん定量以外にも大切な事がたくさんありますが、整形外科領域の診断や治療に定量化できるものが少ないことが、曖昧さにつながり、代替医療の参入を許している1つの理由ではないかと思います。いつの日か骨折の定量が外来で簡単にできて、患者さんに「何パーセント治癒しています」と説明できる日がくればいいのにと願っています。