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エッセイNo.013
Ortho-Trend FRONTLINE
第3号 2004年10月
迷える世界へ 【神経痛】-機械的圧迫?科学的炎症?循環障害- が掲載されました。迷える世界へ
【神経痛】―機械的圧迫?化学的炎症?循環障害?―
井尻整形外科 井尻慎一郎整形外科医になったばかりのころ、腰椎椎間板ヘルニアによる(根性)坐骨神経痛は、膨隆した椎間板による圧迫だけが原因と思っていました。その後、アメリカの神経外科医の論文を読み、腰椎椎間板ヘルニアの患者さんの術中に、ヘルニアのある椎間の神経根と隣接する健常な椎間の神経根をそれぞれバルーンカテーテルで圧迫したとき、もともとヘルニアのある部位の神経根を圧迫したときには痛みが生じるのに、健常部の神経根を圧迫しても痛みを生じないということを知りました。つまり、神経は単純な圧迫だけでは痛みや麻痺を生じず、さらに炎症が加わってはじめて症状が出るということです。この後、私の坐骨神経痛の患者さんに対する治療は、牽引療法をかならずしも重視せず、神経根の炎症を取ることを大事にするようになりました。患者さんが「ヘルニアは治りますか?」と不安げに問いかけるとき、「ヘルニアは消失することもありますし、たとえ大きさがそのままでも神経の炎症が治まればまた元気になれますよ。」と説明します。「たとえば、口内炎や靴ずれがあるととても痛いものですが、炎症が治まれば、食べ物や歯が当たっても、あるいは靴を履いても痛くなくなることと同じ」と説明します。
腰部脊柱管狭窄症は馬尾神経や神経根の栄養血管の狭窄が影響しているとしてプロスタグランディン製剤が投与されることが多くなり、またかなりその効果が認められつつあります。10数年前、脊椎外科学会がまだ研究会だったころに、馬尾神経や神経根は栄養血管が二重支配になっていて1か所の圧迫だけでは疎血が生じず、上下2か所の圧迫があると疎血状態になるとの研究を知りました。多椎間の狭窄があればもちろんのこと、1椎間でもある程度の範囲にわたり狭窄があれば循環障害が生じると理解しました。
硬膜外ブロックがなぜ効果があるのかは、まだはっきりした理論はないようです。私の場合、局所麻酔剤に少量のステロイドを混入してブロックしていますが、私なりに効果の理由を考えています。まずはペインクリニックの理論として局所麻酔剤で1度痛みを抑えれば、麻酔が切れて痛みが再発しても軽減しやすいこと、次にステロイドにより馬尾神経や神経根の炎症が軽減すること、そして局所麻酔剤の影響で馬尾神経や神経根の血管が拡張して、たとえ1時間でも血流がよくなり神経が復活すること、これらの機序で効果があると考えています。それゆえ、ヘルニアによる坐骨神経痛にも腰部脊柱管狭窄症にも効果があるのだと思います。
たくさんの老若男女が坐骨神経痛で来院されます。若い患者さんの神経痛はやはり炎症が強いとの印象を受けます。たとえば、症状の強いときに硬膜外ブロックを嫌う人に対して、経口で非ステロイド性消炎鎮痛剤を投与そるのと同時に、少量のステロイドを静注すると、1~2回以内にかなりの確率で症状が軽減します。しかし60歳以上の患者さんで間欠跛行がない単純な坐骨神経痛の場合に、同じようにステロイドを静注しても必ずしも全員に効果があるとは限らないことを経験しました。そのような患者さんに鎮痛剤とともにプロスタグランディン製剤を投与すると効果があるのではないかと推測しています。つまり、高齢の患者さんの坐骨神経痛は腰部脊柱管狭窄症に限らず、若年者よりも神経の循環障害が影響しているのではないかと感じます。
手根管症候群でも若年者や中年の患者さんの場合は炎症が大きく関与していると思いますが、高齢の患者さんの場合はやはり循環障害が影響しているような印象を受けます。
このように最近では高齢者の神経痛は炎症に循環障害が加わって生じることが多いのではないかと考えるようになりました。将来、治療の方法が少し変わる可能性もあるかもしれないと思っています。