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エッセイNo.015
Ortho-Trend FRONTLINE
第4号 2005年1月
迷える世界へ 【軟骨は軟らかい骨?】 が掲載されました。迷える世界へ
【軟骨は軟らかい骨?】
井尻整形外科 井尻慎一郎医学の命名法に少し興味と疑問があります。たとえば「整形外科」という名前は一般の人々にはわかりにくい名前だと思います。「美容形成外科」と混同している一般の方も多いようです。中国では「骨科」とわかりやすいのですが、日本の「整形外科」は骨だけでなく、関節も神経も筋肉もあつかうので「骨科」では物足りなく思います。
英語やドイツ語の「orthopedics, Orthopadie」は、「correct」や「straight」を表すギリシア語の「orto」と、「child」を表すギリシア語の「pedo」が組み合わさった言葉です。つまり、子供の体をまっすぐにする、曲がった骨や側弯などの変形を矯正するという意味ですが、日本の整形外科の黎明期にその訳として「整形外科」が採用されたのだと思います。ドイツでは骨折などの外傷は(外傷)外科医が、米国では脊椎は脳神経外科医が扱います。中空性の髄内釘で有名なキュンチャーはドイツの外科医でした。また、ヘルニアの手術を開発したラブ法のラブやクロワード法のクロワードはアメリカの脳神経外科医でした。
以前私がヨーロッパ整形・災害外科学会でヘルニアや脊髄腫瘍などに対する「骨形成的椎弓切除術」の発表をしたとき、脊椎の腫瘍分野の発表はほぼ癌の脊椎への転移に対する固定術ばかりで、脊髄腫瘍関連の発表は私だけであった事に驚きました。つまり日本ではほかの国より整形外科の扱う範囲がかなり広くなってきたために、最初に命名した「整形外科」が実際とはそぐわなくなりつつあるのかもしれません。日本整形外科学会でも「運動器科」などの名前を考慮中とききますが、耳鼻咽喉科のように「骨関節神経科」などはいかがでしょうか。手術療法も保存療法も扱うので、少なくとも「外科」という言葉はなくてもよいと思っています。
「軟骨」という組織名も変だと思います。確かに、関迷える世界へ節の骨に接して存在したり、骨折の治癒過程で出現するため、「骨」の近くにある組織でしかも軟らかいから「軟骨」なのでしょうが、骨組織と軟骨組織ではかなり異なった組織です。軟骨が石灰化して骨になると誤解している方もおられますが、軟骨組織のなかへ血管に随伴して進入した未分化間葉系細胞が、骨芽細胞から骨細胞になり、軟骨細胞は死滅していくのが骨の成長や骨折の治癒機転なのです。でも、たしかに「軟骨」以外の名前は考えにくいと思いました。言い得て妙なのかもしれません。
大学院時代に「膜性骨化」と「内軟骨性骨化」の違いに興味を持って調べたことがあります。私の理解では「内軟骨性骨化」も最初は軟骨組織が足場を作り、そこへ先ほど述べたように血管が未分化間葉系細胞を伴って進入し、骨芽細胞から骨組織になる、つまり結局は「膜性骨化」の機序と同じである、と思っています。私の研究テーマは骨形成因子(Bone Morphogenetic Protein=B.M.P.)と人工骨の複合でした。当時、牛の中足骨から苦労しながらB.M.P.を抽出しました。このB.M.P.を牛コラーゲンと混ぜてラットの皮下に埋入すると1~2週間で軟骨ができ、3~4週で骨髄を伴った骨組織が形成されます。あるとき、膜性骨からB.M.P.が抽出できないか実験しました。まず、牛の骨格で完全な膜性骨の部位を探すため、農学部の教授室まで押しかけて、文献や本を調べました。その結果、牛の頭蓋骨のうちで頭頂骨(カルバリア)の部分は内軟骨性骨を全く含まないことを知りました。そして京都の南の屠殺場で10頭分の牛の頭蓋骨をもらい、この骨から中足骨と同じ過程でB.M.P.らしき物質を抽出しました。これを牛コラーゲンと混ぜてラットの皮下に埋入してみました。1~2週では確かに軟骨は全くみられず、3~4週で骨髄を伴わないわずかな骨組織がみられました。当時ほかの実験などで忙しく、この結果をどのように評価するかわからず、私の頭のなかでうやむやになっています。
私が夜の研究室で頭蓋骨から頭頂骨だけを電気ノコギリで切り出しているのを、「まるでホラー映画のジェイソンみたいだ」と研究仲間に笑われたのも、いまでは懐かしい思い出です。