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エッセイNo.020
Ortho-Trend FRONTLINE
第5号 2005年4月
迷える世界へ 【骨粗鬆症は進化のたまもの?】 が掲載されました。迷える世界へ
【骨粗鬆症は進化のたまもの?】
井尻整形外科 井尻慎一郎骨は生きている-、これは整形外科医ならば日々実感することだと思います。骨組織は吸収と再生が常に生じていて、カルシウム、リンのホメオスタシスにとって重要な役割を演じています。さらに、骨折しても見事に再癒合して、きれいに元の形に戻ることもあります。その生きている骨をなるべく傷つけないために、骨折の手術などの時、骨膜や骨に付着する筋肉と血管を損傷しないようにと先輩によく叱られたものです。
髄内釘の元祖ともいうべきキュンチャーの米国での発表で、なぜ彼がスリットのある、断面がクローバー型の中空性髄内釘を考案したかについて、次のように述べていたと記憶しています。"長管骨の骨癒合には外骨膜だけでなく内骨膜も重要で、クローバー型の断面であれば内骨膜に接する部分は3カ所だけで内骨膜が温存される部分が多い。そして髄腔に押し込んだ髄内釘のスリットが開く力で長管骨を固定するのだ"と。
最近では円柱形の髄内釘を、上下あるいは片方の横止め螺子で固定する方法が主流になっています。たしかに、このシステムのほうが長管骨の短縮が予想される粉砕骨折や骨幹端などにも広い適応があります。しかし、大腿骨や脛骨中央あたりの普通の骨折ならば、リーミングすれば内骨膜は損傷されるかもしれませんが、クローバー型のキュンチャー釘を横止め無しで使うほうが「味があり、美しい」と思うのは私だけでしょうか。
生きとし生ける物が老化するのは自然の理です。生物の老化学説はたくさんあり、老化に関してはまた別の機会に述べさせていただくつもりですが、骨の老化とはどのような状態をいうのでしょう。手術を思い起こせば、若い人と年輩の人の骨では外見上も異なるように思います。高齢になればなるほど、骨膜は薄くなり、骨の表面もみずみずしさを失い、弾力性が乏しくなります。ミクロ的には、骨芽細胞や破骨細胞や骨細胞も老化し、コラーゲンも架橋などにより変性します。カルシウムが減少する骨粗鬆症も骨の老化の一つの現象で、X線検査でも骨密度の測定でも認識されます。
骨はアパタイトとよばれるリン酸カルシウムの特殊な結晶の中に、弾力性のあるⅠ型コラーゲン繊維が埋入されたように構成されています。鉄筋コンクリートのコンクリートと鉄筋の関係、強化プラスチック(FRP)のプラスチックと繊維の関係に似ています。硬さとしなやかさを兼ね備えているわけです。加齢に伴ってカルシウムの減少で骨の硬度が低下するだけでなく、コラーゲン繊維などの老化で、弾力性が低下することも骨が弱くなることの原因だと思います。最近では、さらに骨粗鬆症は骨密度やコラーゲンだけでなく骨質も重要だといわれています。
ところで、骨折を起こしやすくなり、ADLの低下をきたしたり、寝たきりの大きな原因をきたす骨粗鬆症の予防や治療はとても重要なことです。私の医院でも多数の骨粗鬆症の患者さんを治療しています。しかし、骨粗鬆症は全く悪いことなのでしょうか?
15年ほど前の研究時代、私は人工材料グループで人工骨を扱っていたため、仲間たちと生体力学の勉強会をしていました。そのとき、イギリスのブラックという生体力学の教授が書いた本を仲間たちと読んだことがあります。難しい生体力学の理論を英語で勉強するのに四苦八苦しましたが、そのブラック教授が書いていたことがとても印象的でした。「人間は年齢とともに筋力が弱くなる。若いときのままの骨では重くて生活に支障が生じるが、骨を軽くするために直径を小さくすれば極端に強度が低下する。そのために、長管骨の場合、骨皮質の外径はそのままか少し広げつつ、内径を広げて、つまり骨皮質を内側から薄くする。さらに骨そのものに鬆(す)を入れることにより、コンクリートブロックのように強度を少しでも保ちながら軽くする。骨粗鬆症はある意味では進化の結果であり、神の恵みだ-」というようなことが書いてありました。
骨粗鬆症を診断・治療するにしても、骨粗鬆症が人間にとってよい部分もあると思えるほうが豊かではないかと考えています。同様に、骨粗鬆症などによる円背・亀背は、肺や食道や胃の圧迫などを生じて害があるにしても、脊柱管を拡げる効果もある-、また前へ転倒したときに少しでもダメージを軽減するように、あらかじめ身長を低くし、前へかがんだ状態にしているのだ-。そう解釈すれば、自分も「いつかそうなるかもしれない」と考えたときに少し救われる気がします。