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エッセイNo.023
Ortho-Trend FRONTLINE
第6号 2005年7月
迷える世界へ 【骨折を早く治したい!】 が掲載されました。迷える世界へ
【骨折を早く治したい!】
井尻整形外科 井尻慎一郎
以前、テレビドラマを見ていたときに、伊達政宗が若い頃に落馬して脚を骨折するシーンがありました。添え木で固定していましたが、実際に治ったのかと気にしていたところ、その数年後に私が愛媛県の病院で勤務していたときに、地方新聞にある記事を見つけました。
政宗の長子の秀宗は宇和島藩に転封していましたが、父の政宗から秀宗に宛てた手紙が地元の旧家で見つかったとのことです。手紙には、「歳をとり冬の寒い日に登城する際に、若いときに落馬して傷めた脚が疼く。」と書いてありました。1979年に政宗の遺体を鑑定した報告によると左腓骨骨折の跡があったそうです。政宗が骨折した当時の医療知識で、もし腓骨単独骨折ならば、偽関節になっていたのかもしれないと思いました。
コレス骨折のコレスはX線の登場以前の時代の医師です。患者さんの骨折部を視診と触診で診断して、整復と添え木で固定する方法を論文に書いています。その後、骨折治療においてX線検査、ギプスや装具、キュンチャーなどの髄内釘、AOシステムのような内固定など、多くの進歩がありました。さらに1980年代からBMP(骨形成蛋白)やTGF-βなどのサイトカインの研究が盛んになっています。私もBMPを研究していましたが、BMPを注射して骨折を早く治したいと夢見ていました。当時、1990年代の終わり頃までにはそのような物質を用いて骨折や骨欠損が早く治せるようになると期待が持たれていました。現在ではさらにFGFなども研究されており、もう少しで臨床応用できるところまできているようです。
骨折の治癒促進は整形外科の大きなテーマです。固定材料の開発、電気や超音波を用いる方法、骨の軸方向への力学的刺激、先ほどのサイトカインの研究などいろいろあります。私も開業前の勤務医時代に、ある研究所で発見された、サイトカインとは全く異なる物質で骨癒合の促進ができる可能性のある物質について、臨床の立場から少しアドバイスをさせていただいたことがあります。その物質はラットやウサギでは良好な骨形成促進作用がありましが、残念ながらその後のヒトでの臨床治験で結果が出なかったために研究は終了しました。
開業してからも骨折を保存的に治療する機会がしばしばあります。例えば肋骨骨折や上腕骨外科頸骨折、鎖骨骨折などはあまり強固な固定は必要ないと思います。肋骨は呼吸や体動がありながらも骨癒合します。上腕骨外科頸骨折もよほど不安定でない限り、ハンギングし、むしろ早期から運動療法を開始すればよく骨癒合します。
大腿骨骨折では、AOなどの強固なプレート内固定よりもキュンチャー釘が、さらにエンダーピンの方が軸方向のスライドと同時に少し「しなる」ために早く骨癒合することは以前から知られています。十数年前、東大整形外科前教授の黒川先生は京大での講演で「どのくらい骨折部を動かせば骨癒合しやすいか」という研究を大学院生にさせているとの話を少しされました。軸方向か曲げ方向かは覚えていませんが、1日1~2回動かしただけでも骨癒合が促進するとおっしゃっていたと思います。
ここからは開業医のたわごととして読み流していただきたいと思います。日常診療の中で、肋骨が呼吸運動しながら骨癒合する姿や、上腕骨外科頸骨折をコッドマン体操でゆらゆら振りながら骨癒合する姿を見て、感じることがあります。骨折部をどのように動かすのが一番骨癒合促進によいのか考えて、例えば呼吸やコッドマン体操のように1分間に10~30回のゆっくりした単振動的な運動がよいのではないかと思いました。これは全くの思いつきで、何ら根拠はありません。超音波治療はもっと振動数が多いと思います。ワインはウィスキーなどと異なり、瓶の中で生きた酵母の働きにより熟成します。電気仕掛けのワインセラーでモーターの微振動のもとよりも、船の船倉でゆっくり揺れる方がワインの熟成がよいという意見もあります。骨折も案外、海の波のようなゆっくりした揺れがよいのかもしれないと思いました。船酔いは困りますが、静かな海のうねりや浜辺に寄せては引く波を見つめていると何となく心が和みます。生物、生命の起源は宇宙から来たのか海底の熱水噴出口で生まれたのかまだまだ謎ですが、いずれにせよ、4億年ほど前に生物が上陸するまでは、30億年以上海の中で進化をとげてきました。海の中で揺りかごのように揺られてきました。生物の遺伝子はそのような海の揺れを感じながら進化してきたのではないかと想像しています。
骨折を少しでも早く治す方法がないかと、外来現場で思いを巡らせながら治療するのも悪くはないと思います。