-
エッセイNo.029
Ortho-Trend FRONTLINE
第8号 2006年1月
迷える世界へ 【進化の結果、寿命が備わった?】 が掲載されました。迷える世界へ
【進化の結果、寿命が備わった?】
井尻整形外科 井尻慎一郎哺乳類が誕生してからその進化とともに、最長寿命も延びてきています。人間もジャワ原人、北京原人から現代人へと進化するにつれ、最長寿命が延びてきました。大きな動物ほどエネルギーの効率が良く、生きるのに有利なため最長寿命が長くなる傾向があり、哺乳類が大型化するにつれ寿命も延びてきたと考えられています。
野生動物は生殖能力が無くなるとほぼ同時に寿命が来るようですが、人間の場合、食料などを充分に得ることができるようになり、その余裕のため生殖期を過ぎてもまだ生きてゆけるように徐々に進化して、他の大型哺乳類より最長寿命が延びたのだとも考えられています。一方、矛盾するようですが、細菌などの下等な生物は無性生殖の細胞分裂で無限に増殖します。つまり環境と餌さえあれば不死で寿命がないのです。
永遠の寿命を持つ細菌の方が哺乳類より進化している?-そんなことはありません。地球上に生物が現れてから、20億年以上は単細胞生物の時代で、無性生殖で分裂するだけで増殖しました。これらの生物は遺伝子が一本で、紫外線などの外部の有害な刺激で容易に遺伝子に突然変異を生じて死にます。そのためひたすら自分のコピーを作り続けるのですが、無限に分裂して増え続ける事は大変危険なことなのです。20分に1回分裂するバクテリアが、環境と餌が充分にあり、どんどん分裂すると、計算上なんと2日間で一個のバクテリアから地球の重さ以上のバクテリアができてしまうのです。これでは資源を食いつくしてしまい、結局絶滅してしまいます。
このため、動物はいろいろな工夫をしました。染色体を一対にして遺伝子の突然変異が一方の遺伝子に生じてもすぐに死なないようになり、また有性生殖で有利な遺伝子を得やすいようにして、環境の変化や、外部の有害な刺激に遺伝子がダメージを受けにくいようにしました。その結果、細胞の分裂をゆっくりする余裕を得るようになりました。これにより分裂に使わずにすむエネルギーを分化の方向、例えば多細胞生物への進化へ、そして器官の分化などへ使えるようになったのです。
しかし、もし高等動物が寿命を持たず、死なないとしたらどうでしょう。この世は動物で溢れ、資源を食いつくし絶滅するかもしれません。勿論、有性生殖でよりよい子孫を作ることも食料の限界のためすぐに制限されてしまいます。このため、数億年前から現れた高等動物は進化の結果として寿命を持つようになり、ますます進化して子孫が繁栄してきました。
現在のところなぜ人間に寿命が存在し、必ず死ぬのか完全にはわかっていません。
しかし、寿命が存在し、人間が死ぬことの持つ重要な意味はわかります。種の繁栄のため、存続のため人間が子孫を作りそのあと死んでゆく。寿命としての死は決して恐れることでなく、新たな生命、子孫の繁栄のために役立っているのです。
人間は1人では生きてゆけず他人の力を必要とします。逆に言えば他人に役立つ、つまり利他的になる必要があるのですが、死はその最たるものかもしれません。また永遠に生きられるとしたら、人生はかなり退屈になるでしょう。
前回述べたように、花も枯れるから美しいのであり、人生が永遠に長いとしたらきっと何もしなくなり、無気力、無関心になってしまうのではないでしょうか。がんばって英会話の勉強をしなくても1万年程でマスターすればいい、と思ってしまいそうです。一生が宇宙の時間から見ればたった数十年という刹那であるからこそ一生懸命生き、悲しみも喜びも大きいのかもしれません。(本川達夫~述べています。)人間を含めた動物は限られた時間の中で精一杯生きることが運命であり、また幸せなのではないかと思います。
今回の寿命の話とは異なりますが、天寿を全うできず病気で死ぬ場合のことを少し述べさせていただきます。私自身、病気や事故で死ぬのか天寿を全うできるのか勿論わかりません。今病気になり死んでしまうとしたら、死の恐怖で錯乱するかもしれません。病院はそのような患者さんがたくさんおられます。病気や死の恐怖と戦い、ふるえる人間もまた真実です。自分ならどうして欲しいか考えると、病気を治すのも医療でしょうが、同時に病気の人の心を癒すのも医療だと、あらためて思いました。