-
ラジオNo.016
ラジオ日経「メディカル・ダイジェスト」
2005年1月10日放送
BSラジオ日経「メディカル・ダイジェスト」 2005年1月24日放送
「骨粗鬆症における骨代謝マーカーの測定意義」
骨吸収と骨形成の程度、つまり骨代謝の状態を知る手がかりとして、骨代謝マーカーが研究されてきました。特に、骨粗鬆症において、高骨代謝回転型か、低骨代謝回転型かの診断や、薬剤による治療方法の選択、薬剤による治療効果の判断、将来の骨折の予測などが、この骨代謝マーカーを測定することにより、可能となりつつあります。
骨代謝マーカーにはいくつかの種類がありますが、このうち、骨芽細胞に由来する骨形成マーカーである骨型アルカリフォスファターゼ(BAP)と破骨細胞に由来する骨吸収マーカーである、尿中デオキシピリジノリン(DPD)、尿中Ⅰ型コラーゲン架橋N末端テロペプチド(NTX)、血清中Ⅰ型コラーゲン架橋N末端テロペプチド(NTX)、尿中Ⅰ型コラーゲン架橋C末端テロペプチド(CTX)、の5種類の骨代謝マーカーは保険適応にもなっています。注意が必要なのは、骨代謝マーカーは日内変動が大きいため、例えば、BAPでは早朝の採血、DPDとNTXでは早朝第2尿を用いることが原則となっています。
これらの骨代謝マーカーの高値は将来の骨量減少、骨密度減少を予測します。もちろん異常に高値を示す場合は、転移性骨腫瘍、骨腫瘍、カルシウム代謝異常などを鑑別する必要もあります。骨粗鬆症学会が示す、2001年度版、「骨粗鬆症診療における骨代謝マーカーの適正使用ガイドライン」でDPDとNTXについて将来骨折のリスクの高い、高骨代謝回転型のカットオフ値が示されました。さらに、2002年度版では骨減少を予測しうる新たなカットオフ値も示され、2004年度改訂版では、新たなデータに基づいた最小有意変化値と骨折リスクを重視したカットオフ値が示されています。これらの骨代謝マーカーがカットオフ値より高値を示す場合は将来の骨量減少のリスクが高いことが予測され、骨吸収抑制タイプの薬剤を選択することが合理的です。逆にカットオフ値より低値であれば、低骨代謝回転型であることが予想され、骨吸収抑制タイプの薬剤の使用を慎重にする必要があります。また、現時点で骨密度が比較的高くても、骨代謝マーカーが高値を示す場合は将来骨折をおこす可能性が高いことがわかっています。この場合ももちろん骨吸収抑制タイプの薬剤などによる骨粗鬆症の治療が重要となります。骨代謝マーカーの意義に関しては以上のように説明されても、もう一つわかりにくい部分があるかもしれません。私は患者さんに対する骨代謝マーカーの説明を次のように考えています。
骨は常に形成される骨と、吸収、つまり溶ける骨のバランスで成り立っています。形成される骨より溶ける骨が多い状態が骨粗鬆症です。骨密度はこの骨の量である、例えば、現在の貯金を示しています。骨密度が低下したときは骨の貯金が減り、増えたときは骨の貯金が増えたと考えます。一方、NTXなどの骨代謝マーカーは現時点でどのくらい骨が吸収・分解されつつあるかの速度を示します。この値が高いとたくさんの骨が今、溶けつつあるといえます。例えばビスフォスフォネート製剤を服用すると、ざるのようにどんどん骨が溶けて漏れている状態のざるの目を小さくする働きがあります。つまり漏れ出る骨を少なくするわけです。溶け出す骨のスピードを少なくします。そうすれば、近い将来、骨の貯金が増えるはずです。骨密度が上昇した場合、骨の貯金が増えたと考えてよいでしょう。つまり、骨代謝マーカーは骨の吸収スピードです。微分です。骨密度は骨量の総和、積分と考えればよいのです。骨の吸収スピードのベクトルが上を向けば、積分面積は増えます。ベクトルが下を向けば面積、つまり骨量すなわち骨密度は減少します。
私の医院では平成14年のリセドロネートの発売時にリセドロネートが尿中NTXと骨密度にどのような効果をもたらすか調査しました。それについて少し述べさせていただきます。
対象は64歳から87歳の骨粗鬆症の女性15例です。いずれの方も、6ヶ月以上ビタミンD3製剤を服用されていました。リセドロネートを1日2.5mg朝食前に服用してもらい、リセドロネート投与前と1ヶ月後の尿中NTXと6ヶ月後の尿中NTX、骨密度を測定しました。結果ですが、元々ビタミンD3製剤を服用していたにもかかわらず、15人中10人の方が将来骨折のリスクが高い尿中NTXのカットオフ値を越えた高値でした。4人の方が骨量減少のリスクが高い尿中NTXのカットオフ値を越えた高値でした。リセドロネート投与後1ヶ月では尿中NTXは15人中14人の方で低下しました。さらに7人つまり15人中の47%の方で骨粗鬆症学会が示した、最小有意変化の35.0%を越えて低下していました。15例平均では29.7%の低下をみています。投与後6ヶ月の時点で骨密度は平均4.57%と有意に増加しています。ちなみに肝臓機能は全く変化ありませんでした。
これは川崎医大の福永教授が118例の骨粗鬆症患者さんでおこなわれたリセドロネート投与後のNTXと骨密度の変化の研究とほぼ同じ結果を再現しています。実際に私の医院では外来の煩雑さの中でこの調査をおこなったために、例えば尿中NTXは必ずしも早朝第2尿を採取できていません。午後診に来られた方や診察室へ入られる前にエチケットとしてトイレへ行かれる方も多く、個人医院の外来で早朝第2尿を採取することは必ずしも簡単ではありませんでした。しかし、そのような状況で、しかもたった15例であるにもかかわらず、リセドロネート投与により、尿中NTXが薬剤投与後1ヶ月という早い時期に約半分の方で最小有意変化を越える効果を確認でき、6ヶ月の時点で平均骨密度が有意に増加したことは、この検査がたとえ開業医においても充分その有効性と変化を知ることができることを示していると思います。さらにこの結果を患者さんに伝えることで、患者さんの満足度が高まり、治療意欲が向上しました。骨粗鬆症の治療は結果が血圧や血糖値やコレステロール値のようにダイナミックには現れにくく、どうしても患者さんの治療意欲が低下する傾向にあります。尿中NTXであれば、簡単に検査できて、しかも投与前後の1ヶ月で効果を示すことができます。そしてその低下は将来の骨密度の上昇を示唆してくれます。
私の調査でわかったことのもう一つはビタミンD3を服用していても尿中NTXが高値であり、骨量減少リスクが高いと予測される患者さんが15例中14例、93.3%、骨折リスクが高いと予想される患者さんが15例中11例、73.3%もおられたことです。つまり、従来よく骨粗鬆症の治療に用いられてきたビタミンD3では骨吸収を抑制しにくいのではないかと思われます。その点、リセドロネートなどのビスフォスフォネート製剤は骨吸収をよく抑制し、骨密度上昇、つまり将来の骨折の予防に期待が持てると考えられました。今まで述べてきましたように、私のように個人開業医でも簡単な保険適応の骨代謝マーカーを用いて、骨代謝の状態を把握し、有効な薬剤を投与することにより、その効果の判定も比較的早期に簡単にできる時代になりました。骨粗鬆症の患者さんは大学病院や町の大病院の外来よりも、むしろ身近なクリニックの外来に多くおられます。骨粗鬆症の病気を正しく見つけてあげて、骨代謝マーカーや骨密度を検査し、運動療法や食事療法を指導しながら、適宜、有効な薬剤を投与することにより、患者さんの健康に寄与できると考えています。
これからさらなる高齢化社会を迎えて、骨粗鬆症という病気がますます重要になり、われわれ医師も十分にその認識を持って、治療に当たるべき時代であると思います。