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化膿性股関節炎

 赤ちゃんや幼児が、特に原因がないのに、元気がなくなり、発熱し、おむつやパンツを替えるときに股関節を動かすと痛がる場合に、まれにこの重大な病気が潜んでいることがあります。幼児なら歩かなくなります。これは股関節を包む袋(関節包)の内部が細菌に感染して起こります。感染経路ははっきりしないことが多く、扁桃腺や歯などに潜むブドウ球菌などの細菌がたまたま血管に侵入して股関節に到達するのだといわれています。全身の血管内に細菌が繁殖する敗血症(菌血症)のような重大な病気や大腿骨の骨髄炎から波及することもあります。大人でも化膿性股関節炎はありますが、免疫力の弱い乳幼児に起こることが多く、しかもそのころの股関節の骨や軟骨がまだまだ柔らかくて未熟なため、股関節に感染して膿などで圧力が高まると、軟骨や骨に変形の後遺症が残る可能性が高く、緊急治療を要する病気です。
 最初は少し痛がるだけで、単純性股関節炎 と区別しにくいのですが、症状が強くなり、発熱したり、元気がなくなり、まったく歩かなくなったりしたときは、なるべく早く大きな病院の整形外科を受診してください。診断と治療は一刻を争います。レントゲン検査だけでは判断しにくく、超音波検査(エコー)で膿が溜まっているかどうか調べたり、血液検査で、白血球や炎症の度合いを反映するCRPという検査をすれば、ある程度診断がつきます。最も確実な診断は、股関節に注射器で直接穿せん刺(せんし) して、膿を確認することです。しかし、小さな子どもの股関節に太い針で注射をすることは、整形外科医でもかなりの勇気と熟練を要します。もし膿が出れば、化膿性股関節炎と診断し、早急に全身麻酔のもとで股関節を切開し、洗浄と排膿を行います。手術をしないで抗生剤だけを点滴してもなかなか抗生剤は股関節に到達してくれません。手術後、しばらくチューブを入れて持続的に膿を出し切りながら、同時に抗生剤を投与します。
 必ずしもよくある病気ではないので、ベテランの整形外科医でもこの病気の経験がない可能性があります。私は整形外科医になって15年目くらいまでこの病気の経験がありませんでした。神戸市立医療センター中央市民病院に勤務しているとき、ある有名な方の息子さんが紹介で私に受診されました。5 歳くらいの男の子でしたが、ぐったりして股関節を痛がり、血液検査でも感染を示すデータが出ています。とりあえず入院してもらい、当時の部長に相談しました。部長は病室で看護師に、注射器に18ゲージという太い針をつけるように指示しました。部長が股関節の血管や神経をよけてゆっくり針を刺していくと、プラスチック製の注射器で、ガラス製の注射器のように内筒の滑りがよくないはずなのに、緑色の膿が注射器の中にわき上がり、内筒を押し上げていくシーンを今でもまざまざと思い出します。すごい圧力です。すぐに緊急手術となり、若い先生と私の2人でその子どもの股関節の切開排膿を行いました。その後、その男の子は後遺症もなく大きくなったと、数年後にお会いしたお父さんから聞いて、安心したものです。
 その後まもなく、近隣の開業医の医師から、同じような症状の子どもさんが紹介されてきました。救急外来で股関節を穿刺し、膿が出たために、化膿性股関節炎と診断し、緊急手術で切開排膿して事なきを得ました。
 もし自分がこの病気の治療経験がないまま、部長の立場でこの病気に初めて遭遇したら、このように子どもの股関節に太い針で穿刺し、両親に納得してもらって緊急手術を迅速に決定し、後遺症なく治療ができるかどうか疑問です。私にとっては貴重な経験で、改めて経験の豊富な指導医のもとでたくさんの厳しいトレーニングを受けることが大切だと思ったものです。

井尻整形外科井尻整形外科

院長/医学博士 井尻慎一郎
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