リハビリと運動療法
一般的な日本語訳のない「リハビリテーション」ですが、本来リハビリとは、障害の生じた機能を回復するだけではなく、精神的にも元の状態に回復する、つまり全人格的に回復することを目標とする奥の深い分野なのです。 整形外科における外傷や病気の治療中、きちんとリハビリをしない患者さんがしばしば見られます。整形外科の病気は運動器の障害であることが多く、リハビリは機能を回復するために大切です。人工膝関節手術後のリハビリが不十分なために、関節が硬く、痛みが強く残っていたり、骨折のギプス固定や手術の後にのんびり骨がつくのを待っていたため、手や足の関節が拘縮(こうしゅく)し、動かすと痛みが強い患者さんがおられます。
病気の種類や患者さんの状態により異なるので一概にはいえませんが、リハビリの一部である運動療法は、必要な安静期間の後、適切な時期に開始し、徐々にペースを増やしていく必要があります。骨折後半年から1 年を経過しているのに、手や足が痛くて日常生活に不便な方が時々来院されます。レントゲンで診断すると骨折は治癒しているのに、骨萎縮や筋萎縮が強く、痛みに過敏な状態が続いていたりします。これはリハビリがうまくできていないことが原因である場合が多いのです。患者さんは手足を動かしてよいのか、どのくらい体重をかけてよいのかわからない。また痛みが強くて動かすのが怖い。そのため、そのまま時間が経って悪循環に陥ることがあるのです。
リハビリはとても大切です。捻挫(ねんざ)や突き指や打撲でも、それなりにリハビリが必要です。さらに変形性膝関節症や腰痛や五十肩(肩関節周囲炎)などの慢性疾患でも運動療法は大切です。筋力を増やし、関節の動きをよくし、そして痛みを和らげるためには、温めるだけでなく動かすようにしましょう。
◦できないことをする、痛い方向へ動かすのがリハビリ
五十肩の患者さんに、「痛い方向へ肩を動かす体操をしてください」と説明すると、「痛いのに動かしてもよいのですか」とよくきかれます。確かに痛い方向へ動かすのは不安ですが、そのまま動かしやすい方向だけに動かしていると、いつまでも痛い方に動かせないままになります。いきなり無理をすると炎症を起こしたりして逆効果ですが、痛い方向、苦手な方向に適度に動かせば、1週間あるいは1ヵ月後には動かすことができるようになります。
肘関節が硬くなった場合のリハビリはなかなか難しいものですが、たとえば1日に曲げる角度が2度改善され、寝ている間に1度元に戻るとすれば、30日後には30度曲がるようになる計算です。リハビリは退屈でつらいものですが、毎日着実に行えばきっとよくなる、と希望を持ってがんばってください。とにかく、苦手な方向、痛い方向に動かすことが、リハビリにはとても大切です。
◦リハビリには旬がある
たとえば関節の骨折をして手術をした場合、いつからリハビリとしての運動療法を開始するかは、医師にとって判断が難しいところです。骨折の癒合(ゆごう)を待つために安静を長くしすぎると、関節が拘縮して動きにくくなります。反対に、関節の拘縮を防ぐために動かすのが早すぎると、骨折が癒合しないことがあります。基本的には、骨折の癒合が一番で、運動療法は次の段階です。関節の骨折は特に運動療法の開始時期が難しいのですが、普通の捻挫や骨折などの運動療法にも開始のタイミングがあります。ケガの種類や程度によって様々ですが、ある時期になれば運動療法を開始すべきです。そして徐々にアップしていき、最後に元と同じように動かすことができるようになれば理想的です。
運動療法の開始があまりにも遅いと、関節や筋肉が拘縮してしまって、後でいくら頑張ってリハビリしてもそれ以上動かなくなることもあります。リハビリや運動療法には、旬の時期があるのです。
◦ほぐす体操、鍛える体操、角度などを改善する体操
体操には、異なった目的に適した、それぞれのやり方があります。たとえば硬くなり、こわばった筋肉をほぐすための体操があります。これには血行をよくする意味もあります。弱った筋力や体力を鍛える体操や、拘縮した関節を元のように動くよう、動く範囲を増やすための体操もあります。痛みを軽減するための体操もあります。その組み合わせ方は、患者さんの病態や状態などにより異なり、判断も難しい場合がありますので、主治医や理学療法士などと相談しながら行ってください。
◦体操の程度
ふだん、体操や運動をまったくしないのはよくないことですが、スポーツと同じように、やりすぎもまたからだに害になります。何ごともほどほどが大事です。そのときの健康状態や年齢も考えて、自分に合った体操を選んで、それもすべてやろうとせず、自分のペースで継続していくことが大切です。
多くの患者さんは、体操や運動療法をなかなか継続できません。あまり楽しいものではないので、どうしても消極的になりがちです。でも、毎日少しずつでも継続することです。
一方で、中には体操や運動をしすぎる方もいます。体操も運動も、やりすぎはかえって筋肉の疲労や炎症、傷害をきたすので、気をつけてください。一時期ダンベル体操が流行りましたが、人間の上半身はもともと下半身に比べて弱くなっています。その代わり、上半身は自由に動いて器用に扱えるようになっているのです。下半身を鍛えるのはとてもよいことですが、上半身は過度に鍛えようと思わない方が安全です。
もちろん、若いスポーツ選手の場合はまったく異なります。ケガの後で筋肉を鍛えるために、重りも徐々に増やしていく必要がありますが、できれば客観的に判断できるトレーナーと相談しながら運動をアップしていくのが安全で効果的です。
◦体操のキーワードは「気楽に」
リハビリにおいては、何か楽しいことを考えたり、到達の喜びを感じたりしながら、気分を楽に盛り上げていくことが大事です。体操でも、あまり堅苦しく考えると長続きしません。用事の合間に気楽にできる体操であれば、長続きしやすいでしょう。私はいつも患者さんに、からだをほぐすような体操は1回10秒くらい、1日に何回か適当に行ってください、と話しています。筋肉を鍛えるような体操は、1回2 ~ 3分を1日2 ~ 3回と、一般にいわれる体操の時間よりもかなり短くしてください。もし自分が患者で、毎日必ず1回10分間の体操をするようにいわれても、とても長くは続かないと思うからです。気楽に簡単に、いつでもどこでも体操をする習慣を身につけましょう。
◦一番よい運動は、30分ほどのウォーキング
全身の運動として一番基本で簡単なのはウォーキングです。ゆっくり歩くか速く歩くかは、その人の年齢やからだの状態、あるいは天候などさまざまな条件で決まります。ただ、多くの医療や健康に関する機関が、目安として、1日約30分程度のウォーキング(散歩)を推奨しています。時間で決めているのは、歩数で決めると、どうしても無理をしてしまう人がいるからです。
日本人は1万という数字にこだわりがちです。体調が悪い日でも、9千歩まできたのだからあと千歩で1万歩だ、と無理をする人が多いのです。歩数にこだわらずに時間で決めれば、体調が万全でないときや天気が悪いときにも有効です。ゆっくり歩けば30分はすぐに経ちます。調子がよければ早歩きがさらに有効です。軽く息切れする程度です。無理のない程度に、継続してウォーキングしましょう。
ただし、膝の関節や股関節に病気のある方は、歩きすぎるとかえって痛みが強くなったり、関節の軟骨がすり減る原因にもなりますので、水中ウォーキングの方が安全です。
◦変わった体操は、かえって有害なことがある
世界中に体操の種類はたくさんあります。腰痛体操だけでも100種類以上あるといわれています。逆にいえば、絶対にこれがよいという体操は存在しないということです。個人の体力や病気や年齢、あるいはそのときの体調によって、適切な体操もそのやり方、量も変わってきます。日本ではラジオ体操が最も普及しているのでしょうが、これも1 つの方法にすぎないとお考えください。自分なりに気持ちのよい、やりやすい体操を取捨選択しましょう。
インストラクターに従って体操する場合は、自分と同じくらいの年齢のインストラクターを選ぶ方が無難です。インストラクターが若いと、若くない人の体力や限界を想像しにくいため、ついやりすぎる可能性があります。また、グループで体操などをすると、自分だけ途中で止めることを躊躇して無理をすることがあります。疲れたときは、いつでも止める勇気を持ちましょう。
テレビや雑誌などでもいろいろな体操が紹介されています。でも変わった体操を無理してする必要はありません。かえって筋肉や関節を傷める可能性もあります。万人に当てはまる体操はありません。だからといって、じっとしていることはよくないので、自分に合った体操を選び、続けて行いましょう。